友達の女の子が自殺したときの話
こにゃにゃちわ。
前回は保健室登校をしていたころのそこそこ楽しんでいた思い出を話しました。
今回はそれに反して、タイトルからもわかる感じのそこそこ重いやつです。
とは言ってもあんまり僕の中では今でも思い出すと悲しいとか苦しいとかそういうのはないです。僕が単純に薄情なだけなのかもしれませんけど、そのころは人が自分で死を選択するという意味についてあまり理解していなかったんだと、そういう風に感じています。今でもよくわかってないかもしれません。
今回も前回同様、小学生の頃の話です。時系列的にはこっちの方が昔となります。
小学校3年生の時、僕はよく休み時間に校庭で遊びまわる活発な子供でした。あの頃は男子も女子も混じってわーわーやってるのがすごく楽しいことだった記憶があります。僕はドッジボールとかバスケとか、そういう怪我しそうな遊びは割とやりたくなくて(人が少なかったら参加する程度でした)、比較的けがをしなさそうな、女子の方が比率の高い遊びをやったりしてました。僕の学校では大縄跳びとかけんけんぱとかそういった類の奴がそれに分類されてました。
大縄跳びとかの道具を使うタイプの遊びは道具がそんなにあるわけでもなく、上級生がそれを使ってすでに遊んでいたりすると、他の子は「しょうがないから遊具のとこいこ~」ってなってその日はあきらめたりするんですけど、僕は全くそういうのがなくて「混ぜてもらえばいいじゃん」って感じの人間でした。強すぎる。どんだけ大縄跳びしたかったんだ僕は。
そんな風な子が僕ともう一人か二人くらいいて、こいつらだけ勇猛果敢にも上級生に一緒にやらせて~って行ってたんですね。
そこで知り合ったのが2個上、当時小学5年生の女の子でした。
異性を気に掛けるとかそういったのがなかったし、昔の話なのであんまり覚えてないんですけど、肩甲骨くらいまである長い髪の毛をポニーテールみたいな感じで1本にまとめていて、眼鏡をかけている、そんな見た目をしていたような。
とにかくあまり活発的な雰囲気は感じ取れませんでした。人が足りないからしょうがなく来ているみたいな、そんな感じ。
それでもまあ楽しんではいたようで、僕らはその女の子のグループと一緒に大縄跳びをして休み時間の20分を過ごしてました。
それから僕は家にあった西尾維新の小説を読んだことがきっかけで本に興味を持ち始めます。なので昼休みに本を借りに図書室へ行くことがしばしばありました。
もちろん西尾維新みたいな小説があの時代の小学校にあるわけもなく、暫く星新一のショートショートとか読み漁っておもしれ~ってなったり、乙一の「銃とチョコレート」を読んで難しい…ってなってました。
で、そこで見かけたのが先ほど紹介した女の子でした。やっぱり(と言ったら失礼かもしれないけど)アウトドアというよりはインドア派だったようで、僕が図書室に行った日、女の子は大体いました。
あの頃の僕は知り合いを見かけたら話し掛けに行く外交的な人間だったので「何の本読んでるの~」とか言いながらその子と話して、そこそこな顔見知りになっていた気がします。
ただ、ある時を境にその子を学校で見かけることがなくなってしまいました。外で遊んでいても図書室へ行っても、影も形もなく。
僕はその子に思い入れがあるわけではなかったです。当時いた友達のうちの一人という認識しかしていなかったので、心配になるとか、不安になったりは全然しませんでした。いないならしゃあないな、他の人と遊ぶか~って感じ。友達が沢山いたようで微笑ましいです。
しかも彼女は上級生。普段の授業や学校生活で会うことは皆無と言っていいでしょう。同年代の子と比べて親密度が低かったのは圧倒的です。その子のフルネームとか、何組の人なのかとか、頭はいいのかとか、普段はどんな人なのかとか、全く知る術がありません。
他の5年生にそれだけのためにわざわざ聞きに行くには5年生の教室というのはちょっと怖かったです。区内の小学校なんて、学校で上級生とふれあうことがあるのは、1年生の時に6年生に面倒見てもらう期間くらいでしょう。北海道の田舎に引っ越してから、上級生と下級生の隔たりのなさにびっくりしました。また、年上という存在はそのころが一番怖かったような気がします。兄弟とかいればまた別かもしれませんが。
まあそんなわけでその子と会わなくなったのが1か月くらいあったような気がします。で、ある週の月曜日。
僕の通っていた学校では月曜日の朝に必ず全校朝会をするという決まりがあって、前の週でどんなことがあったかとか、校長先生の長ったらしい話とかを、校庭で立ちっぱなしで聞く。そういうのがお決まりでした。
ただその日だけはちょっと様子が違っていて、いつもは校庭に行くはずなのに体育館にみんなが集まりました。
先生たちが慌てふためかしいというか、なんというか。5年生の子たちの中でなんか泣いてる子とかいるし。
校長先生がいつもより厳格な顔で教壇に立ち、口元を震わせながら声を発します。
「先日、5年○組の————さんが亡くなりました。死んでしまいました。」
そこで初めて、僕の友達だった女の子は、この1か月の間に死んでいたという話を耳にしました。
正直ショックだったとか泣いたとかそういうの、全くなかったです。とても仲が良かったという訳ではなかったし、特別好いていたということもなかったので。
全校朝会では先ほどの言葉のあと、人が死ぬことがどういうことなのかとか、悩み事があったら誰かに必ずいうだとか、一人で抱えこむなとか、有り体に言って月並みな事ばかり口にしていました。
僕はその時もう一緒に遊べないんだなと思って、ちょっと残念になっていた気がします。
母親たちのコミュニケーションネットワークというものは恐ろしいです。
全校朝会では詳細は語られていませんでしたが、そのネットワークの中ではそこら辺がいろいろと暴かれていました。
そこで僕は、彼女が自殺をして亡くなったことを、知りました。
自殺の原因まではよくわかっていなかったみたいです。学校ではあまり目立つ子ではなかったようですし、かといって特別いじめられていたわけでもなく。もしかしたら家庭でいろいろあったのかもねーなんて、僕の母親は友達の母親から延々と聞かされていました。
ローカルニュースにも取り上げられていました。そりゃ小学5年生とかいう将来有望な年齢の子が、遺書もなく、突如自殺をしたのです。皆が皆どうして死んでしまったんだろうと嘆いていました。
反面、僕はどうして死んでしまったんだろうっていうのは考えてなくて、ただただその子にもう会えなくなった、ということにもやもやした気持ちを抱いていました。
まあ結局その程度です。色々なことがあやふやになって僕の中でこの出来事は終わりを迎えていきました。
今でも特にスッとしているわけではないです。まあ人が死ぬってそういうことですよね。彼女はもしかしたらそういう意味で誰かの記憶の中に残りたかったのかもしれません。自殺した理由がわからない以上、何を考えても無駄だと思っています。でも一つだけはっきりと言えることは、まだもう少し生きてみてもよかったんじゃないかな、ってことです。11年というのは人生を知るのにあまりにも短すぎる年数だと、今は感じています。
そんなこんなで僕と年が近しい親しかった人間が死んだのはこれが初めての出来事でした。
僕ももう19年生きています。あのころ年上だった人が、そのまま年上で居続けたはずの人が年下になるのは、やっぱりちょっと悲しいかもしれませんね。
それではこの辺で。